原著論文には、表面的なテクニックだけでなく、必ずその反対の側面や注意点が書いてあります。
けれど、最近のにわかテクニックブームで、「〇〇大学の先生がこう言ったらしいから、△△をしよう」という行動をきっかけに学び始める方が増えています。
入門編としては素晴らしいきっかけですが、そこで止まってしまうことが多いのです。
概念とか手法というのは、そもそもA=Bの一対一対応ではないんですよ。
医学生症候群という現象
これを「医学生症候群(Medical Student's Disease)」といいます。
お腹が痛い時、不十分な知識だけで考えて「私、胃潰瘍かも」と思う現象です。
ネットで症状を検索して、自分で病名を決めつけてしまう。
不完全な知識で判断してしまう――浅はかな知識の乱用とも言えてしまう現象です。
「あの人、ハッタツかも」という言葉の危うさ
「あの人、ハッタツかも」
この言葉、最近よく耳にしませんか?
なぜ、専門家でもない人たちが、診断しようとしてしまうのでしょうか?
そもそも発達障害の診断を下せる精神科医は、ほんの一握り。
長年の経験と膨大な量の知識で成り立った診断能力が必要です。
それなのに、日常会話の中で軽々しく使われたり、時にはいじめの言葉として使われたりすることもあります。
言葉は、時に人を深く傷つけてしまうものです。医学知識は、人を傷つける道具ではなく、人を救うためにあることは言うまでもありませんね。
にわかテクニックブームの危険性
「〇〇大学の教授が言ったから」 「△△理論を使えば成功する」 「A=Bだから、Aをすれば必ずBになる」
こんな単純な話ではありません。
概念も、手法も、人間も、もっと複雑で多面的です。
原著論文や著書を読めば、必ず「ただし」「注意点として」「一方で」「この概念の限界点」という記述があります。
でも、SNSやまとめ記事では、そういう大切な部分がごっそり削られて、キャッチーな部分だけが拡散される。
結果として、表面的なテクニックだけが一人歩きして、本来の意図とは異なる使われ方をしてしまうこともあります。
じゃあ、どうすればいいのか?
とは言え、じゃあいきなり医学博士になるかって言ったら、ならなくていいです。
なる必要もありません。(本当になりたい人は、もちろんなったらいいですが)
大切なのは、信頼できるヒト・モノ・コトをちゃんと選ぶ審美眼を持って欲しいと思います。
審美眼の磨き方 ― 日々のお買い物から
では、この審美眼をどうやって磨けるかって言ったら、日々の商品のお買い物です。
もしあなたが、似たような商品の中から、より安い方ばかりを選び続けるとしたら――
本物を作り続けている老舗や製造元が潰れてしまいます。
100円ショップで模造品を買うより、少々値段が高くても製造元のオリジナル商品を買うようにしています。
これは、商品選びだけの話ではありません。
安易さに流されず、本物を見極める目を養う訓練であり、同時に、良いものを作り続ける人たちを守ることでもあります。そして、あなたの支払いは誰を守りたいですか?
この選択の積み重ねが、審美眼を育て、そして本物を作る人たちを尊重し、彼らの未来を守ります。
情報も、人も、商品と同じ
情報の世界も同じです。
まとめ記事やSNSの切り抜き vs 原著論文や書籍
誰かの又聞き vs 専門家の言葉
にわか知識 vs 長年の経験と学び
繰り返しますが、入門編としてはオッケー!
スラトレ®が原著を大切にする理由
以前の記事では、原著や発表年、TED動画のURLまでをご紹介しました。
「〇〇理論がいいらしい」ではなく、「この研究者が、この年に、こういう思いで、経緯で、発表した」という正確な情報を伝えたいからです。
そして何より、TED動画ではご本人が直接語っています。研究者本人の言葉で学べる――これ以上に確かな情報源はありません。
本物を見極める目を持とう
不完全な知識だけで判断すると、誰かを傷つけたり、自分自身を誤った方向に導いたりすることがあります。
でも、すべてを知る必要はありません。
大切なのは、信頼できるヒト・モノ・コトを選ぶ力を持つこと。
安易な答えに飛びつかず、少し立ち止まって考える習慣を持つこと。
原理原則を知ることで、情報の本質が見えてきます。
それが、あなた自身を守り、周りの人も大切にする技術。
キラキラでもなく、ギラギラでもない。キラッキラ。
本物を見極める目を持って、しっかりと地に足をつけて生きていきましょう。
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