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苦しみは気づきへの招待|医師が解説する痛みの読み替え

苦しい体験を、ただの不運でも罰でもなく、自分への問いかけとして受け取り直す ── そういう姿勢が、心理学・哲学の領域で長く扱われてきました。本記事では、医師の視点から、その仕組みを医学的に解説します。

Q1. なぜ、苦しみに「意味」を考えたくなるのか

ある経営者の方から、こんな話を聞いたことがあります。

「会社が大きく揺らいだ時期がありました。資金繰りも、人事も、家族関係も、同時に崩れていって、毎晩眠れない日々が続いた。最初は、ただ事態を立て直すことだけ考えていました。けれど、ある夜、ふと思ったんです。『なぜ、これが今、自分に起きているのか』と」

別の医師の方は、こう話してくれました。

「3年前、近しい人を亡くしました。あまりに突然のことで、最初の半年は何も考えられませんでした。1年経って、ようやく落ち着いてきた頃に、ふと自分に問いかけている自分に気づきました。『この出来事は、私に何を伝えに来たのだろう』と。何の答えも出ませんでしたが、問いだけが浮かんでくるのを止められませんでした」

なぜ、人は苦しみの渦中で、こうした問いを抱くのでしょうか。

普通に考えれば、苦しみは、ただ「乗り切る」ものです。早く終わってほしい、過ぎ去ってほしい ── そう思うのが自然です。なのに、ある段階を越えると、人は不思議と「この苦しみには、何か意味があるのではないか」と感じ始めます。

ここで先回りして言っておきます。あなたは正常です。

苦しみの中で「これは私に何を伝えているのか」と問い始めるのは、現実から逃げているからでも、宗教的に弱くなっているからでも、答えのないことに執着しているからでもありません。それは、人間の心が、苦しみを「ただの偶然」として処理しきれないからです。意味を求めるのは、人として自然な働きです。

そして、答えが出るまでに何ヶ月、何年かかっても構いません。答えはすぐには出ない、というのも、よくあることです。

Q2. 苦しみの意味づけとは何か

ここで、心の中で起きていることを、日常の言葉で描いてみます。

家の中で、何度も同じ場所のドアにつまずく、と想像してみてください。

最初は「ぼーっとしていたから」と思います。2回目も「不注意だ」と思う。3回目になると、ふと「このドア、本当に問題があるんじゃないか」と疑い始めます。よく見ると、ドアの蝶番が緩んでいて、わずかに歪んでいた、と気づく。

ここで起きていることは何でしょうか。

「つまずく」という痛みが、繰り返し起きたから、ようやくドアの問題に目が向いた。痛みがなければ、ドアの歪みには気づかなかった。痛みは、嫌な体験だけれど、「ここに何か注意を向けてほしい」というサインの役割をしていた。

苦しみは、人生の中で、これと似た役割をすることがあります。

苦しみが大きいほど、表面的な「やり過ごし」では済まなくなります。「ぼーっとしていた」「運が悪かった」では片付かない。だから、人は、その苦しみが何を伝えに来ているのかを、考えざるを得なくなる。

これは「苦しみは素晴らしい」という話ではありません。苦しみは苦しみで、つらいです。逃げられるなら逃げたいし、避けられるなら避けたい。

けれど、避けられなかった苦しみについて、いつまでも「ただの不幸」として置いておくのか、それとも「何かを伝えに来たもの」として受け取り直すのか、で、その後の人生での扱われ方が変わります。前者は、心の中で「処理できないまま残った重荷」になります。後者は、時間をかけて、自分の血肉になっていきます。

公園のベンチを思い浮かべてください。

ベンチに座る時、最初は冷たくて固いと感じます。でも、座り続けていると、自分の体温と、自分の体の形に合わせて、少しずつなじんでいく。座っている時間が長いほど、ベンチと自分の関係は変わっていきます。

苦しみも、似たところがあります。最初は冷たくて、ただ痛い。けれど、その苦しみと一緒に時間を過ごすうちに、自分の中で、苦しみとの関係性が変わっていくことがあります。痛さが消えるのではなく、その痛みが、自分の人生のどこに位置するのかが見えてくる、と表現したほうが近いかもしれません。

この「苦しみとの関係性の変化」を、心理学・哲学の領域では次のように呼びます。

【苦しみの意味づけ】(くるしみのいみづけ / Meaning-making of Suffering)とは、苦しい体験を、ただの不運ではなく自分への問いとして捉え直す姿勢のことです。

「意味づけ」というのは、出来事に「ある意味を持たせる」という意味です。苦しみそのものを変えるのではなく、苦しみに対する自分の側の関わり方を、変えていく。そういう姿勢を指す言葉です。

この概念は、フランクル(Frankl, 1946)の意味療法をはじめ、複数の心理療法・哲学の領域で扱われてきました。最近の心理学研究でも、トラウマや喪失体験の後、「意味づけ」のプロセスが回復の質に関わる、という知見が積み重なっています(Park, 2010 ほか)。

Q3. 苦しみの意味づけの構造と、よくある誤解

この考え方には、誤解されやすい点がいくつかあります。

誤解1:「意味づけすれば苦しみは消える」

「では、意味を見つければ、苦しみは消えるのか」と聞かれることがあります。これは違います。

意味づけは、苦しみを消す技術ではありません。痛いものは痛いです。喪失は喪失です。失ったものは戻りません。意味づけは、その痛みや喪失を、自分の人生の中でどう位置づけるか、を変える作業です。

たとえば、近しい人を亡くした方が、何年か後に「この経験があったから、自分は他人の痛みに対する感受性が深くなった」と感じられたとします。これは、亡くなった事実が消えたのではなく、その事実が、自分の人生の中でどう機能しているかが変わった、という話です。

誤解2:「無理に意味を作り出す」べきではない

「意味を見つけるべきだ」と急ぐと、本当はまだ整理できていないのに、表面的な答えで蓋をしてしまうことがあります。「これは試練だった」「これは成長のためだった」と、頭で意味を作って、感情を置き去りにする。

これは、未完了の感情が積み残された状態です。本当の意味づけは、感情を十分に味わい尽くした後で、自然に立ち上がってくるものです。急いではいけません。

何ヶ月、何年かかっても構わないし、最終的に「意味は見いだせなかった」という結論でも構いません。大切なのは、無理に意味を捏造しないことです。

誤解3:「全ての苦しみに意味がある」とは限らない

「苦しみに意味がある」という考え方を一面的に当てはめすぎると、たとえば災害や事件のように、本人の責任ではない突発的な不幸に対しても、「何か意味があるはずだ」と本人を追い詰めてしまうことがあります。

これは違います。苦しみそのものに、最初から意味が埋め込まれているわけではありません。意味は、本人が時間をかけて、自分の人生の文脈の中で「見出していく」ものであって、外から「これは意味がある」と押し付けられるものではありません。

精神医学の現場でも、トラウマ体験への支援は、まず安全と感情処理が優先で、意味づけはその後の長いプロセスとして扱われます。順序を間違えると、本人を二重に傷つけることがあります。

Q4. 苦しみの意味づけを知ることで、何が変わるか

この考え方を一つ持っておくと、苦しみとの関わり方に、いくつかの変化が起こりえます。

まず、苦しみの真っ最中に、「自分はダメだ」「人生は失敗だ」と全否定する反応が、少しだけ和らぐことがあります。「今すぐには意味がわからないけれど、後から振り返って意味を見出すかもしれない」── そういう保留の余地が、心の中に生まれます。

次に、過去の苦しい体験との関わり方が変わります。「あれは、もう触れたくない過去」ではなく、「いつか、自分の中でちゃんと位置づけたい体験」として、ゆっくり扱える対象になります。

そして、他人の苦しみに対する態度も変わります。苦しんでいる人に「早く立ち直ろう」「前を向こう」と急かすのではなく、その人が自分のペースで意味を見出すまで、待つ姿勢を取れるようになります。これは、リーダーとして人を率いる立場の方には、特に大きな変化をもたらすことがあります。

ただし、独りで意味づけをしようとすると、行き詰まることがあります。なぜなら、苦しみの渦中では、視界が狭くなって、自分一人では出来事の輪郭がつかめないことが多いからです。誰かと一緒に話すこと、誰かに見守ってもらうことが、意味づけのプロセスを助けてくれることがあります。

具体的にどんな体験として現れるのかは、体験編の苦しいただ中に、なぜかふと開ける感覚で描いています。実際に苦しみと向き合うワークについては、実践編の苦しみを気づきに変える3つの問い|スラトレ®哲学ワークで具体的な手順を紹介しています。

また、今回扱った「苦しみと意味」というテーマは、シチュエーションは鏡|布置・コンステレーションを医師が解説人生のカリキュラムとしての困難|医師が解説する成長の構造、そしてシリーズ核心:待つは、最高難度のスキル|医師が解説するリーダー最後の筋肉とも深くつながっています。あわせて読むと、見え方が立体的になります。


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まとめ

  • 苦しみの中で「これは私に何を伝えに来たのか」と問うのは、現実逃避ではなく、人として自然な働き
  • 苦しみの意味づけ(Meaning-making of Suffering) は、苦しい体験を、ただの不運ではなく自分への問いとして捉え直す姿勢
  • 意味づけは苦しみを消す技術ではない。痛みは痛み。位置づけが変わるだけ
  • 無理に意味を作り出さない。感情を十分に味わい尽くした後で、自然に立ち上がってくるのを待つ
  • 全ての苦しみに最初から意味があるわけではない。意味は本人が時間をかけて見出していくもの

監修:Dr.EKO博士(医師・医学博士・株式会社ヤエコフ代表)

免責事項: 本記事は、メンタル思考トレーニングおよびセルフケアに関する情報提供を目的とした内容です。医療行為・心理療法ではありません。重い症状が出ている方は必ず医療機関を受診してください。スラトレ®は、医師が開発したメンタル思考トレーニングです。

最終更新:2026年5月

Dr.EKO博士
Dr.EKO博士(YAEKOFU)
医師・医学博士。スタンフォード大学でEIを学び、スラトレ®(メンタル思考トレーニング)を創始。エグゼクティブ・医師・リーダーの心身パフォーマンス向上を支援しています。