この記事のポイント:「私、疑り深いんでダメなんです」——スラトレ®のグループディスカッションで、新人受講生からよく聞かれる言葉です。Dr.EKO博士(整形外科医・医学博士)が、「疑う」という行為を否定するのではなく、「審美眼(本質を見抜く力)」として育て直していくスラトレ®の視点を綴ります。
「私、疑り深いんでダメなんです」という言葉の奥にあるもの
スラトレ®のグループディスカッションで、新人受講生さんからよく聞かれる言葉があります。「私、疑り深いんでダメなんです(汗)」——質問が多くなってくると、「こんなに聞いてしまっていいのかな?」と不安になるのでしょう。
でも、安心してください。むしろ「たくさん質問をすること」は、本気で取り組んでいる証拠です。
「疑うこと」と「審美眼」の違い
疑問を持つことは、決して悪いことではありません。むしろそれは、「審美眼(しんびがん)」そのものかもしれません。審美眼とは、物事の本質を見極める力のことです。
ただ、過去の経験や周囲の環境によって、審美眼が「疑り深さ」や「猜疑心」にすり替わってしまうことがあります。「疑う=悪いこと」という思い込みが、いつの間にか自分の中に根を張ってしまうのです。
本来の審美眼は、人生を豊かにするために欠かせないもの。スラトレ®では、適切な形で「疑う力」を鍛え直し、本来の審美眼を取り戻していくことを目的のひとつとしています。
ナウシカのように、不安をそっと受け入れる
ジブリ映画『風の谷のナウシカ』の名シーンを思い出します。不安でいっぱいのキツネリス・テトが、ナウシカの指に噛みついてしまう場面です。
それでもナウシカは動じず、そっと「痛くないよ。不安だったんだね」と語りかけます。疑うことも、不安になることも、決して悪いことではありません。ただ、その感情をどう扱うかが、その後の景色を静かに変えていきます。
スラトレ®で「疑う力」を磨き直す
受講生の皆さんが、ネガティブな思考の癖をそっと手放し、本来の審美眼を取り戻していく姿を見るたびに、私自身も毎回感動します。
「私、疑り深いからダメなんです」と言っていた方が、トレーニングを終える頃には、「私は物事の本質を見極める力があるんだ」と、自分の言葉で言えるようになっていく——そんな変化に出会う方もいらっしゃいます(個人の感じ方であり、変化を保証するものではありません)。
それが、スラトレ®の目指す成長の形のひとつです。「疑問を持つこと」は、成長の第一歩。遠慮せず、どんどん質問してくださいね。
Dr.EKO博士からのメッセージ
疑問を持つことは「悪いこと」ではなく、「成長のチャンス」です。あなたの「疑う力」を審美眼へと昇華させていくことで、より納得感のある日々へと歩みを進めていけます。
スラトレ®は、あなたの本来の力を取り戻す場所。どんどん質問しながら、ネガティブをそっと手放し、自分らしく生きていきましょう。
イベント・セミナー情報を受け取る
大切な内容を丁寧にお届けするため、非公開で行っています。メール登録いただいた方にのみご案内しています。
案内を受け取る
※本記事は情報提供を目的としており、医療行為・心理療法ではありません。個人の感想であり、効果を保証するものではありません。
最終更新:2026年4月